私らしく始めるということ-mirai386-

自分に足りていないことを分析する あきらめない自分との約束

【制作実績】

(A)瑞相寺おてらぼロゴマーク

(B)卓球レッスンのKAZUKEN様ロゴマーク

(C)uruha様商品タグ兼名刺

つまづきの連続の先で 出会った新しいわたし

 新しいコートを着たくなる季節。澄み切った冬の朝の空気の余韻漂うカフェで柔和な笑顔で挨拶を交わした。

 これまで、デザインとは無縁の仕事ばかりだった沖本さんの人生を変えたのはまさに、そのデザインとの出会いだった。きっかけは印刷会社での3年間のパート勤務。デザインソフトの使い方を教えてもらいながら、名刺やDM、学校の広報チラシの制作を経験した。その後、基礎から学ぶために職業訓練に6ヶ月間通い、Webデザインも学んだ。「幅広い年齢層の受講者が15人ほど。久々の学生気分を味わいました」

 学んだことを活かしたいと、周南市市内の広告物の制作会社でパート勤務の傍ら、副業として個人の請負も行い、Webサイトやチラシ、名刺など、仕事の幅を広げていった。

 「とは言っても、駆け出しのデザイナーであることに変わりはありません。自身のデザインについて耳に痛いことを言われることも多々ありました。できないことが悔しい!と人生で初めて思いました」と話す沖本さん。この頃から定期的に県内で行われているデザインの勉強会に積極的に参加するようになる。デザイナーとの交流を深め、本からは得られない刺激を大いに受けた。

ものづくりの要は相手を思いやる人間力

 知人にフリーに向いていると言われたことから起業を考え始めるのに、そう時間はかからなかった。「いいも悪いも自分自身で受け止めなくてはなりませんが、夫の励ましもあり独り立ちしようと決めました」

 家事とうまく両立しながらの時間のやりくりはフリーならでは。イベント用のロゴを制作した時に、クライアントにとても喜んでもらったという。「クライアントの方といい関係を結べることが大変うれしく、頑張る原動力になることに気づきました」

 2018年10月、徳山商工会議所主催の「しゅうなん創業カレッジ」に参加し、創業の心がまえから事業計画の策定・立て方について本格的に学んだ。そして、同年11月、女性目線でのホームページデザインや名刺・ロゴマークの制作を行う『Re:conne DESIGN』を起業。

 「クライアントのニーズをいかに汲み取るか?その上でどのような提案ができるか?は相手を思いやる人間力にかかっていると思います」制作物の出来映えは勿論だが、そこに至る過程を真摯にすることが次の仕事に繋がる。

「たくさんの方に助けていただいているので、周りの人を助けられるよう成長していきたいと思います」と、まっすぐな瞳で話してくれた。

一つひとつの出会いや仕事に感謝し、全力で取り組む

(A)レッスンで作ったメニューの一例。見た目も華やか。

(B)毎回大好評の企業依頼のレッスンの様子。

(C)1時間で10品作り置きメニュー。スイーツレッスンなどもある。

病院や保育園での経験は私の宝物

 「実は料理は苦手だった。そんな私だったから今があると思うのです」。

太陽のような明るい笑顔に一瞬で引き込まれたのは管理栄養士の大西綾美さん。光市出身で、高校卒業後の進路に迷っているところ母親の勧めで栄養士の道へ。

大学卒業後、資格を取得。周南市の病院に勤務。その後結婚、出産、息子が1歳の時にシングルマザーに。起業のきっかけは昨年。当時は保育園で管理栄養士として、献立作り、調理、発注など給食に関わる全ての工程を担っていた。「家庭でバランスの取れた食事を作る事が難しい」「料理が苦手」「調理時間をできるだけ短くしたい」など保護者の声を聞き、自身も働く女性、母として大いに共感した。「私の経験や調理法などノウハウを伝えることで一人でも料理への苦手意識がなくなれば」。

その後保育園を退職し、昨年1月に自宅料理教室を開業。東京のセミナーにも通い、企業との仕事のやり方や料理教室の進め方などを徹底的に学んだ。その努力もあり、開講半年で月100人以上の生徒が県内外から通う人気教室に。企業からの依頼も多いという。

常にアンテナを張り巡らせて成長し続けていきたい

 2019年10月上旬、大西さんの企画書が編集者の目に留まり、書籍化が決まった。そこからレシピ開発や試作、撮影と怒涛のような日々が過ぎた。「常にアンテナを張っており、県外や海外に行った際の食事などがメニュー開発に活きています」。教室のコンセプトである『1時間でごちそうごはん』は一見豪華で手が込んで見えるが実は、簡単で時短調理ができるという意味。書籍には、1時間で10品の超時短作り置きのレシピが200以上掲載予定で、読み応え十分。3月末に全国の書店で発売。「料理に苦手意識を持っている人だからこそ手に取ってほしい」。と自身のレシピの束を愛しそうに見つめる。

「今後は山口を拠点としながら、全国で活躍する管理栄養士でありたい。」とを語る小柄で可愛らしい大西さんの中に、芯の強さとバイタリティを感じた。

この街で欠かせない花屋になりたい

(A)フローリストという花の雑誌は自宅本棚の一角を占めている。

(B)「とにかくピンクで!」というリクエストに応えたピンクがたくさんの送別用の花束。

(C)故人との思い出の花である桜をとのリクエストで作った法要のアレンジメント。

水が流れるように導かれた花の世界

 旧日下医院のひと隅の小さな花屋『konohanaya~コノハナヤ』。その佇まいを現すように、静かで穏やかな雰囲気を纏うのが藤本香織さん。

 「元々は理系人間なんです」と話す藤本さんが進学したのは農学部。農業について全般的に学んだ。卒業後は地元へUターン就職。JA周南で、1年目は金融窓口、2年目からは営農指導員として農家を訪問していた。家と仕事の往復ばかりの日々に心が疲れていた頃、草花好きの祖母の影響もあり、市内のフラワーアレンジメント教室に通い始めた。これがその後の彼女の人生を大きく変えていくことになった。「お花を仕事にしてみたい・・」

 月2回の教室に半年通ったのち、まるで水が流れるかのように、花屋で働くことに。2016年から勤め始めた花屋では仕入れなど、経営に関わる部分を任されるようになる。趣味でやっていた世界から、訪れる客のためにブーケなどを作っていく過程には様々なプレッシャーがあった。客が求める物を形にすること・何より待たせてはならないなど、「出来栄えの期待値が高いお客様が多かったのです。フローリストとして生きていくことの大変さを痛感しました」と、当時を懐かしむ。客をがっかりさせたくない、その想いに応えられるようにしたい。その一念で頑張れた3年間だった。

全てはお客様に喜んでもらうため

 とにかくやる。ひたすら練習と実践の数をこなす。練習できる規模でないものは見て覚えるを繰り返す日々。そんな時、周南市上遠石に建設中のテナントビルへの出店の誘いがあった。勤務していた店が閉店することが決まり、「運命的に、ここでやれ!ということなのだなと」。

 店舗名は「コノハナサクヤヒメ」という花の神様から発想を得た。「此の花」のここにある花という意味も。語感も気に入った。その名の通り、優しく、暖かく、可愛くてナチュラルなアレンジメントで既に常連も多い。

 自身が作った花束が、贈る人、贈られる人双方に喜んでもらえた時、客の要望に寄り添えるようにしつつ、自分らしいテイストが出せるようになったのが楽しいという。独立してから自分で仕入れができることになったことも大きな要因だろう。

 いよいよ新店舗もオープンする。京都の花屋のプロ向けの講座を受講したり、プリザーブドフラワーの講習に大阪まで通うなど、更なる勉強も欠かさない。

この街で欠かせない花屋になりたい。「辛くてもやり続ける」と話す藤本さんの心にはいったいどんな花が咲いているのだろうか。

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