来年は陶晴賢(すえはるかた)生誕500年 若山城登山口に大看板 〝陶の道〟の会が設置

看板と500年祭の参加者

周南市福川の山城、若山城を拠点とした戦国時代の武将、陶晴賢(1521―55)の生誕500年祭が13日、若山城跡の登山口で開かれ、陶の道を発展させる会(中村秀昭会長)が新南陽若山ライオンズクラブの協力で、長さ5㍍、高さ0・9㍍の来年の生誕500の大看板を掲げた。
陶氏は山口を拠点とした守護大名、大内氏の重臣で現在の周南市を治めた豪族。若山城は標高217㍍の若山を利用して陶氏が1470年に築き、晴賢は9代目の城主。登山道の入り口から山頂までは約2㌔。山頂近くの駐車場まで車でも登れる。入り口には若山城の歴史や晴賢を紹介する石碑、説明板などが並んでいる。
この日は同クラブなどから20人が参加。中村会長(77)が説明板の前で、晴賢が優れた武将だったことや、福川青年団長だった1968年から50年以上続く若山城や陶氏の歴史を掘り起こす活動を紹介した。
晴賢は1551年に文人大名であった主君、大内義隆を滅ぼしたが、1555年に厳島合戦で毛利元就に敗れ、その後、毛利氏が防長の領主となったことから、長く逆臣とされてきた。
中村さんらは大内義隆、陶晴賢、毛利元就のジャンボ紙芝居「防長の三武将物語」を制作、上演し、ゆかりの地のサミットを開くなど、NHK大河ドラマ誘致活動を展開して「毛利元就」として実現させた。2004年に菊川地区の陶氏の居館と若山城を結ぶ「陶の道・若山城登場のみち」が「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選ばれ、たくさんの人が訪れている。
看板はこれまでに建立した石碑などの隣に、国道2号からもよく見えるように設置した。中村さんは地元への誇りを持ってもらおうと、福川小の児童、富田中の生徒にふるさと学習で晴賢の活躍を語り継ぐなどしていて「陶氏について学ぶことで将来、地元に残る子どもが出てきてほしい」と願っている。

説明する中村さん

関連記事一覧

PAGE TOP