隣のマイスター vol.3 「邪道」の称号誇らしく パン店「シェ ラミジョ」(光市) 戸嶋利雄さん(32)

まだ夜の明けぬ午前4時、店の奥の厨房に明かりがともる。
低温発酵室からパン生地を取り出す。ひと晩寝かせ、酵母で熟成させた。酵母は3種。パンによって使い分ける。どれも天然で生きている。
熟成温度は6~8度。酵母が活力を失う寸前の温度だ。酵母を甘やかさない。生を渇望する力を最大限引き出し、熟成力を高める。水を極力与えない厳しい環境でトマトを栽培し、糖度を上げるスパルタ農法に似ている。
生地をパンの形に整える。伸びる。水分を多く含んでいるせいだ。フランスパンの代名詞、バゲッドなら小麦と水の割合は10対9。10対6程度にとどめる通常の製法からすれば常識外れだ。
「僕のパン作りは邪道」
そう言い切る。
水が多く入ると、もっちりとし、日持ちする半面、小麦の香りが落ち、一般にパン職人は水分を抑える傾向にある。
「邪道」は香りの強いフランス産の小麦を配合して弱点を補い、もちっとして小麦の風味も損ねない両得を狙う。
発酵を経て260~270度のスチームオーブンで一気に焼き上げる。常識的な温度より20~30度高い。高温短時間。表面の生地だけカリっとし、中はふわっと仕上がる。
オーブン内から「パチパチ」という音がしない。焼き上がりを知らせる合図で、「パン屋さんの音」となじみ深い。
「あの音がしたら失敗。水分が熱で弾ける音で、生地に亀裂が入って中から漏れ出した証拠」
常識を疑え。
パン作りの骨格に据えている。教科書で教わる製法に満足していたら進歩は止まる。
光市に生まれた。地元の高校を出て大手の製パン会社に勤めた。製造過程の一部にしか携われない分担制に疑問を抱き、フランスに渡った。パリの専門店で1年間修行し、昨年3月、JR光駅前(光市虹ケ丘2‐11‐8)に店を出した。
クロワッサンも独特だ。生地とバターの層は16層。普通より少ない。その分、巻きを多くする。生地とバターが混じり合わず、クロワッサンらしい食感が味わえる。
「これも邪道」
卑下する言葉を発しながら顔は誇らしげだ。
日が暮れた。店のシャッターを下ろす。
1人残った厨房で小麦との「会話」を始める。
小麦は日によって表情を変える。季節の違いでも。天候にも左右される。
「今日はどう?」
指先の触感を通じて言葉を交わす。小麦から返ってくる答えによって水と酵母の配合を調節する。
生地をこね、低温発酵室に収める。
時計の針は次の日を指そうとしている。明かりを落とし、家路に就く。
明日も早い。店主は短い眠りについた。
その間も生地は眠らず、熟成の営みを続ける。

関連記事一覧

PAGE TOP