イケメン紀行-mirai400-

㈱山縣本店/杜氏

小笠原 光宏さん 47歳

「スコットランドでウイスキーを作りたい!」
 そう思ったとき、小笠原さんは27歳。バーテンダーとして働いていました。蔵人としての勤務経験がウイスキーの蒸留所への就職で有利になるらしいと聞いて、広島の酒蔵へ転職。これが小笠原さんと酒造りとの、長くて深い付き合いの始まりでした。
 地元は島根県ですが、「ウイスキーと同じ蒸留酒である焼酎の造り方も知りたい」と広島で日本酒造りを学んだあと、山縣本店へ。以後17年間、日本酒や焼酎、梅酒など多彩な酒を造り続け、特にここ7年は酒造りの“船頭”、蔵人たちのリーダーである杜氏として“最優秀賞”、“グランプリ”など山縣本店の歴史に輝かしい功績を刻んできました。
 
プライベートでは「しないだろうと思っていたのに」結婚し、4歳の女の子と2歳の男の子の2児の父になるという大きな幸せも。仕事の合間に帰宅して一緒にお昼ご飯を食べたり、幼稚園へのお迎えを担当したりと、家族と過ごす時間を大切にしておられるそうです。
 27歳の頃の思惑とは裏腹に、今の小笠原さんはすっかり“周南市民”。これについては「海外の小規模な蒸留所に就職する場合、めったに就労ビザが下りないってことが、あとで調べてみてわかったんですよ! 僕のウイスキー造りはビザに阻まれました…笑」という事情もあったそう。就労ビザの門戸が広かったら、もしかしたら今の味わいはこの世に生まれていなかったのかも…と、山縣本店が誇る日本酒“防長鶴”を飲みながら思わず感じ入ってしまうエピソードです。
 昨年から続くコロナ禍の影響で、お酒を提供する街中でのイベントは軒並み中止に。なかなかお客さんの顔が見られない日々が続きますが、小笠原さん曰く「その分、じっくりと酒造りに向き合えている、とも言えます」。仕込み方を変えたり、日本酒をワイン樽に詰めて寝かせてみたりと(赤ワインが入っていた樽を使ったので日本酒がピンク色に染まったそうです!)、忙しい合間を縫って気になる事を試すのがとても楽しいのだとか。
 今後はどういうことに挑戦されるんですか?と尋ねてみると、「実は」と笑い始める小笠原さん。
「ジンを造ろうかなと思っているんです」
 ジンと言えば、ジントニックなどのあのジン。洋酒ですね!と驚くと、「洋酒です」とさらに嬉しそうな表情に。
「これまでは県産の芋や米で焼酎や日本酒を造ってきましたが、同じように県産の柑種類やお茶を使ってジンを造ったら面白いなぁって」
ウイスキーから始まった小笠原さんの酒造りが、時を経て洋酒へまさかの原点返り!
 山縣本店の“名酒リスト”にジンが名を連ねる日も遠くないかもしれませんね。その日を楽しみに、今日は“おうち呑み”で山縣本店のお酒を味わってみませんか?

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